南條雅士

なんじょうまさし

有限会社 川口漢方薬局

[ 静岡市清水区 ]

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コラム

2014-07-07

漢の時代の医学の一端をご紹介します

漢方薬がなぜ「漢方」と呼ばれているのかというのは、その大元が中国の漢の時代の医学だからです。後漢の終わり頃から三国時代に張機(張仲景)という、東洋医学の世界では「医聖」といわれるほどの名医が居ました。この人が著した「傷寒雑病論」という本が「傷寒論」「金匱要略」という2つの本に分かれて現在も残っています。このうち「傷寒論」は、傷寒という伝染病(現代西洋医学では腸チフスだろうといわれています。この時代、西ヨーロッパから中国大陸に至るまでの広い地域で腸チフスが猛威をふるったのです。)の治療書で、この治療書どおりに治療したなら当時の恐ろしい伝染病も治っただろうと言われています。

1800年を経た現在も非常に参考にされ、この治療書に掲載されている漢方薬は、現代の日本で沢山使われています。漢方を志す者は必ず勉強しますし、避けては通れません。その本の序文の意訳を載せてみます。

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傷寒論 序文の意訳


越人(扁鵲)が虢(かく)の国へ行った時に、葬式の準備をしていたほどの仮死状態にあった太子を生き返らせたり、齊の国の桓候の顔色をみただけで病を見出したりした事実(*顔色をみたとき桓候には自覚症状は全くなかった。その後具合が悪くなった時には扁鵲はすでに齊の国外に居たので治療を受けられず亡くなった。)を書物でみるたびに、彼の才能が秀でていたことを今までに一度として感心し憤激しなかったことはない。 (* 扁鵲は、姓を「秦」(しん)、名を「越人」(えつじん)といい長桑を師とする春秋戦国時代の伝説の名医で、司馬遷の著した「史記・列伝」に記載がある。)

不思議に思うのは、世間の立派な人たちは、すぐれた医術を学び極めることで人々の病苦を療したり自分が天寿を全うしようなどとは少しも思うことがなく、出世したり多くの財を築こうとするために、自分より力や金のあるものに取り入ろうとして、毎日毎日あくせく名を売ることと富を得ることに一生懸命で、自分自身を削り命すらも捨ててしまうほどであるが、病気にかかり命が危うくなっても健康になることは出来ず、せっかく苦労して手に入れた権力や富も、命があってのものだねなのに。

突然風寒などにより激しい熱病にかかったり、とても重い病気を患ったりして事態が急になり心配したり恐怖を感ずるようになって、始めて恐れおののくようになる。そして、自分が今まで大事だと思っていたことを捨てて変心し、それまで気にもとめなかった巫女や神主に懇願する。いよいよ危篤となると、天命だとあきらめてむなしく受け入れる。人は天から百年の寿命を授かり、この上なく大切なものとして扱われていたものを、医術もろくに知らないやぶ医者に自分の命を任せて死んでいく。なんと情けないことであろうか。

ああ、その身体は死んで精神は消えて変わり果てた姿になって黄泉の国にただよう。このようになってから泣きわめく。痛ましいことだ。人は皆、利や名声にとらわれて、本当に大切なものがわかっていない。自分の命を惜しまずに軽くみていながら、どこに栄華や権勢があるというのだ。

他人を愛し親しむことができず、自分自身を愛し大切にし己を知ることができない。その結果、災難にあって、自分が危険な状態にいる。一向にその危うさに気づくことなく平気でいて、まるで魂のぬけがらのようだ。哀しいことだが、世間で威勢の良い人たちは、根本である心身の健康も顧みることなく、名誉や権力ばかりを求める。その危険なほどは、氷った谷を渡るようなものである。

私の一族一門は昔から多く、以前は二百人以上いたのだが、建安元年から十年もたたない間に、三分の二も死んでしまい、その原因の七割が傷寒によるものであった。そういった昔の悲惨な出来事を哀しく思い、救えなくて死んでしまった人々の事を痛ましく感ずることで、何とかしたいという願いから、できるだけ古人の残した書物から知識を求め、広く良い薬を探したところ、素問九巻、難経や陰陽大論、胎臚薬録の古経書と更に平脈証辨をも選び学んで、傷寒雑病論なる医術書をまとめ上げた。しかし、いまだにすべての病を治すのは無理ではあるのだが、病をみれば、病の原因を知ることができるだろう。更に、学んできわめれば、それまで思い悩んでいたことの多くが知れるであろう。

(参考:建安元年は、後漢の最後の皇帝である献帝が即位した年。ちなみに赤壁の戦いは建安13年(西暦203年)、邪馬台国 卑弥呼が魏に使者を送ったのが景初2年(西暦238年)である。この当時の日本はまだ弥生時代で、文字すら無かった。この当時の日本の文明は、中国よりも4~500年くらい遅れていたと思われる。)

そもそも、天が五行の気をしきつめて、それによって森羅万象を巡らしてくれていて、人も天から五常を授かって、五臓の働きを保っているわけだが、その五臓の経絡や六腑の兪における、陰陽の気の會通の有様の変化は全く見極めにくい。だから、優秀な才能の持ち主が、勉強をしつくして絶妙の学識を得なければ、其の道理を探り得ることは絶対にできないだろう。

太古の昔には、神農、黄帝、岐伯、伯高、雷公、少兪、少師、仲文といった名医がいて、中世(春秋戦国時代)にも長桑君や扁鵲という名医がいた。漢の時代になって公乘、陽慶や倉公のような名医がいたが、それより以後は、そう云ったすぐれた医者がいたという話は、未だ嘗て聞いたことがない。

今現在の医者をみてみると、医経の趣旨を学んで追い求めることをしない。それぞれ自分の家伝の技術を受け継いで、古いしきたりに従うだけであり、工夫や発明が無い。病人を診察するにも顔色を窺い、巧みに口を使ってあしらうことに身を入れて、診療にかける時間は短く簡単に済ませ、いい加減に湯薬を与えてやる。脈診においても、手の脈を見るのが関の山で、それも寸口だけでやめてしまう。人迎趺陽(足)の脈を参考にするなどあり得ないことで、脈状を見るのに五十まで数えることはない。だからはっきりとした診断もできるわけがない。九候の脈を見分けることなど論外で、顔色をみて診断することもできるはずがなく、細い管から天を臨むような狭い範囲をみるようなものばかりである。

越人(扁鵲)が虢(かく)の国へ行った時に、葬式の準備をしていたほどの仮死状態にあった太子を生き返らせたように死んだ者と生きる者を見分けることは、実に難しいことである。孔子の語には、生まれながらにしてすべての理を知る者は最上に値するが、普通の人間には無理である。しかし学んで知り得るのはその次に当たり、多聞や博識を重ねたうえで知ることがあれば、知に次いだものとなる。とある。私は以前から医術を尊び学んでいるが、この書を読んだ諸君も、この孔子の語を信じて学んでほしい。

 漢の長沙の守、南陽の生まれ張機が著す。
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